ゆたかとエグモント

デンマーク エグモント教員片岡豊によるWEB日記
2007/02
24

ミケエルとオーフス制度(訳文)−3



自分で自分のヘルパーを選ぶこと

目の前に、ヘルパー職の応募書類が山積みとなっている。その中から、適していると思われる者を7名選び、面接をした。

でもまだソーレンとピーターが残っている。最初の面接にははずしたが、本心は確かではなかった。面接した7名の中には、採用しても良いかなと思われる人が1−2人いた。ただ自分のヘルパーとして100%適していると確信できる人はいなかった。応募書類にもう一度目を通してみた。

フルタイムのヘルパーとして、多くの時間を共に過ごすことになることは確かだ。ソーレンとピーターの応募書類を探し出して、もう一度読んでみた。

決心して、電話に向かった。面接の時間のアポをとるためだ。より多くの面接に時間を割くことがとても大切だということは、十分に承知しているつもりだ。

「オーフス制度」によって得られる自由の一つは、自分のヘルパーを選ぶことだ。それはとても重要な選択だ。ユーザーとヘルパーの間でよい協力関係が築けるかどうかは、ユーザーの毎日にとってとても重要なことだ。

協力関係、そして一緒に時を過ごすということには、いくつかのレベルがある。まず形式的なレベル。これは、ユーザーとヘルパーが一緒になることの全ての基盤でもある。ヘルパーは雇用されている。そのことは、いくつかの労働法による基準を満たさねばならないことを意味する。

ユーザーは事業主としてヘルパーを雇い、ある具体的な作業を行ってもらう。つまり、そこにはある権力関係がすでにあるものとして前提されている。

ユーザーとヘルパーは、どんな仕事をするかを話し合って決める必要はない。ユーザーの日常生活、願い、介助ニーズなどによって決まるからだ。

時にユーザーとヘルパーの協力関係に支障が生じるのは、ユーザーが事業主としての義務を怠ったことに原因がある場合がある。

逆に、ヘルパーが雇用者としてユーザーの依頼を怠ったということに原因がある場合もある。よい協力関係を築くには、フォーマルな約束事が明確であり、両パートナーが、その約束事を守ることが大切だという同意を前提としている。

多くのユーザーは、友達関係を作るためにヘルパーを雇用しているのではないと言い切る。ユーザーとヘルパーの関係は友達関係ではないということは、大切な注意点だ。

とはいえ、この関係は、単なるフォーマルな関係を超えるものだ。同情、反感、感情、コミュニケーションのしかたなどはフォーマルな関係を「濁す」ことになる。

他の雇用関係とそれほど異なっていないようにも見える。異なっているところは、ヘルパーは仕事上、ユーザーに非常に接近するために、より近い関係というものを他に想像できないくらいだ。

個人的な関係が、フォーマルな関係に否応無しに食い込んでいく。関係のうち、フォーマルな面についてはっきりとした線が引かれていれば、多くの葛藤・問題を避けることが出来、そしてよりよい協力関係を作り上げることが出来るでしょう。

幸いながら、ユーザーとヘルパーの協力関係と相互の同情心が、両者によい体験を与えているというのがごく普通なようだ。ユーザーにとっては、最も適したヘルパーとは善い人生の枠組みをつくる人だと言える。ヘルパーにとっては、人生の限られた時間とはいえ、他の人間がおかれている特別な状況とニーズについて知ることができることに意義があるといえる。

重度の障害とともに生活することとはどんなことかということを知ることが出来る。ユーザーとヘルパーの関係は、普通は両者にとって有意義なものだ。些細な問題は、話合いを通して解決され、両者の協力関係はとても大きな収穫につながっている。(続く)

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